疑問

商品や選択肢が多すぎると、人はかえって決断ができなくなるという話がある。有名な「ジャムの実験」がその根拠とされるが、本当にそうなのか。データで検証する。

この通説の背景

1995年、コロンビア大学のシーシャ・アイエンガーとバリー・シュワルツらは、スーパーマーケットで「ジャムの試食販売」を行う実験を行った。その結果、陳列されているジャムの種類が「6種類」のときは30%が購入したのに対し、「24種類」ではたった3%しか購入しなかったという1。この実験は「選択のパラドックス」として広く知られるようになり、マーケティング、教育、政策設計の現場まで影響を及ぼした。その後、「選択肢の多いWebサイトは購入を阻害する」「給付制度の選択が多すぎると利用が減る」など、さまざまな場面でこの理論が応用されている。

通説を支持する側の主張

支持論者は、選択肢が増えることで認知負荷が上昇し、意思決定が難しくなる「意思決定疲れ(decision fatigue)」が生じると主張する。選択肢が多いほど、各オプションを比較し最適なものを選ぶために必要な時間と精力が増大し、その結果として「決められない」「何も選ばない」という行動になるという。アイエンガーとシュワルツのジャム実験は、このメカニズムを象徴する事例として、心理学や行動経済学の教科書でも頻繁に引用されてきた。また、この現象は「満足型選択(satisficing)」と「最適化型選択(maximizing)」の違いとも関連づけられる。特に「何かを買うとき、常に最善の選択をしようとする人」は、選択肢が増えれば増えるほど選択後に後悔しやすくなるという指摘もある2

検証エビデンス

一方で、近年の大規模な現実世界データに基づく研究からは、この通説が一貫して成り立つわけではないことが示されている。2025年に発表された、中国最大のECサイト「タオバオ」のユーザー行動を分析した研究では、選択肢の数と購入行動の関係が実データで検証された2。この研究では、ユーザーが購入前に閲覧した商品数を「最適化傾向(maximizing tendency)」の指標として定量化。その結果、「多くの選択肢を比較する人」(=maximizer)は確かに意思決定に時間がかかっており、一部で「購入断念」も多かったものの、最終的に購入を決めた後は満足度も高く、リピート購入率も高い傾向が確認された。

また、2026年に若年層のサステナブルファッション消費を調査した研究では、選択肢の多さだけでなく、選択に伴う心理的な不安(例:Fear of Missing Out=FOMO、Fear of Better Options=FoBO)が意思決定に強く影響することを明らかにした3。つまり、「選択肢の数」そのものよりも、「他にもっといい選択肢があるのではないか」という不安が、選択の停滞を引き起こしている可能性がある。

さらに、2019年のジャム類似商品の意志決定実験では、健康情報と環境情報の提示方法が消費者の支払意思価格(WTP)に与える影響が検証された1。この研究では、商品説明の質や情報の伝達の仕方が、選択行動に予想以上に大きな役割を果たすことが示されており、「単に選択肢の数」だけでは行動を予測できない複雑さがあることがうかがえる。

研究全体の整合性

これらの研究を総合すると、選択肢の「量」が決定に影響を与えるという主張は一部分では支持されるが、その影響の有無や方向性は、個人の意思決定スタイル(maximizer vs. satisficer)、情報の提示のされ方選択に伴う心理的不安によって大きく左右されることがわかる。特に、maximizer傾向の人は選択前には確かに迷いがちだが、逆に購入後の満足度は高く、反復的利用の可能性もある。これは、「選択肢が多いと絶対に損」という単純な図式を否定する点で重要である。

また、サンプルの性質にも注意が必要だ。従来のジャム実験は小規模な現場観察(数百人規模)であり、文化的背景や時間帯、来店動機などの変数制御が限られていた。一方、最近の研究では大規模なオンライン行動ログ(タオバオは2022年の記録)や構造化された心理尺度を用いており、統計的信頼性は高まっている。

留保点と限界

現時点で公表されている査読論文の範囲では、本テーマに関する大規模な反復実験(replication study)はまだ限定的である。特に、オリジナルの「ジャム実験」が再現可能かどうかについての直接的な検証は、近年の主要論文では明確に確認されていない。また、文化差の影響も不明である。日本や北欧のような「選択に慎重な文化」ではジャム実験の結果が再現されやすい一方、中国やアメリカのような「選択を積極的に求める文化」では逆の結果が出ることもありうる。

さらに、選択肢の「質」の問題もある。24種類のジャムがすべて似通った味であれば選択疲れが起きやすいが、明確な差異(例:砂糖不使用、有機栽培、特定フルーツ100%)があれば、消費者はカテゴリー化して効率的に選択する可能性がある。したがって、「選択肢が多い」という表現は、量だけでなく、種類の多様性や情報の整理度も含めて考える必要がある。

結論

選択肢が多いと人は決められなくなるのか? その答えは「状況次第」かもしれない。一部の人は確かに多くの選択肢に圧倒され、判断を保留する傾向がある。特に「絶対に最善を選びたい」と考える人ほど、選択に時間がかかり、途中で断念することもある。しかし、必ずしも「選択肢が少なければ売れる」「多くすれば損をする」とは言えず、むしろ情報の提示の仕方や個人の心理状態、文化背景が大きく影響している。したがって、「選択肢の数を減らせば良い」という単純な教訓には注意が必要だ。

エビデンスについて

本記事は他の研究者による査読(ピアレビュー)を経て学術誌に掲載された論文のみを
根拠としています。査読前のプレプリント論文は、まだ独立した検証を受けていないため
引用対象から除外しています。

引用元

Footnotes

  1. Elena Castellari, Ricci Elena Claire, Stefanella Stranieri et al. (2019). Relationships Between Health and Environmental Information on the Willingness to Pay for Functional Foods: The Case of a New Aloe Vera Based Product. Nutrients. DOI: 10.3390/nu11112781 2

  2. Xiaoyu Ge, Xiaomeng Zhang, Qianyi Li et al. (2025). Maximizers Abandon More Before Decisions, Regret More After Decisions, and Re-Maximize More for Second-Time Decisions: Real-World Analysis of Online Consumer Behaviors. Personality & social psychology bulletin. DOI: 10.1177/01461672251385756 2

  3. Anh Pham, Kien Tran, Lillian Tran et al. (2026). COVID-19 and the digital shift of sustainable fashion consumption. Acta psychologica. DOI: 10.1016/j.actpsy.2025.106187