その通説って本当?
多くのビジネス書や研修で、「EQ(情動知能)が仕事の成功に不可欠である」と語られています。しかし、本当にEQが高い人はキャリアで成功しやすいのでしょうか?データに基づいて、この通説を検証します。
通説が広まった背景
情動知能(Emotional Intelligence, EQ)の概念は、心理学者ピーター・サロベイとジョン・メイヤーによって提唱され、その後ダニエル・ゴールマン氏が1990年代に著書を通じてその重要性を広く世に知らしめました。ゴールマン氏は、効果的なリーダーは共通して高いEQを持っていると指摘し、EQがキャリア成功の重要な予測因子であると主張しました。この考え方はビジネス界に急速に浸透し、従来の知能指数(IQ)や専門スキルだけでなく、自身の感情を理解し、他者の感情に共感し、人間関係を円滑に進める能力が、現代社会において成功を収めるための鍵であるという認識が広まりました。特に、リーダーシップやチームワークが重視される現代の職場環境において、EQの重要性はますます強調されるようになりました。
検証エビデンス
通説を支持する根拠
EQが仕事の成功に貢献するという主張は、多くの査読済み研究で支持されています。 例えば、ハイテク業界のリーダーを対象とした2024年の研究では、情動知能と職場の精神性がキャリア成功を予測する上で重要な要素であることが示されています [^1]。 また、キャリアの初期段階と後期段階の両方において、EQが客観的な(例えば職位)および主観的な(例えば仕事の満足度)キャリア成功に寄与するという報告があります。Urquijoら(2019)の研究では、パーソナリティ要因を考慮に入れた後でも、EQがキャリア成功の予測において追加的な妥当性を持つことが示唆されました。特に仕事満足度のような主観的な成功において、EQの役割が注目されています [^2]。 さらに、中国の研究者が256人の成人を対象に行った調査では、特性としての情動指数(EQ)が、客観的なキャリア成功(職位)と主観的なキャリア成功(組織へのコミットメント)の両方に貢献することが示されています [^3]。 特定の専門分野においてもEQの重要性は指摘されており、形成外科医のキャリア成功に関するシステマティックレビューでは、臨床的・学術的要因に加え、EQのような非臨床的スキルが成功に大きく寄与すると結論付けられています [^4]。胸部医学の専門家におけるリーダーシップの文脈でも、EQは事業実績、個人のキャリア成功、患者満足度向上、燃え尽き症候群の軽減といった多様な成功指標と関連することが報告されています [^5]。リーダーシップに関する研究では、部下からの視点からも、効果的なリーダーの行動とEQの間に強い関連性があることが示されています [^6]。IQや専門スキルも重要であると認識しつつも、EQがリーダーシップにとって不可欠な要素であるとする意見も見られます [^7]。
批判・修正する根拠
情動知能とキャリア成功の関連性については、具体的なデータに基づいた検証が多数行われています。 Urquijoら(2019)の研究では、271名の卒業生を対象に、EQが外的キャリア成功(給与)と内的キャリア成功(仕事満足度)にどう貢献するかを調査しました。結果として、給与のような外的キャリア成功に関しては、性別、年齢、専攻分野、キャリア段階、主体的なパーソナリティといった人口統計学的変数が強く関連することが明らかになりました。一方、仕事満足度のような内的キャリア成功の予測においては、EQがより直接的な役割を果たす可能性が示唆されています [^2]。 また、ZhaoとSang(2023)の研究では、中国の成人256人を対象に、EQと逆境指数(AQ)が客観的キャリア成功(職位)と主観的キャリア成功(組織コミットメント)にどのように影響するかを調査しました。この研究では、EQが両方の種類のキャリア成功に肯定的な影響を与えることが示されています [^3]。 南アフリカの文脈で行われた別の研究では、EQの全体的な定量的スコアが、将来の仕事のパフォーマンスを予測する採用慣行において有用性を持つことが裏付けられました [^8]。 さらに、コーチングがEQ開発とワーク・ファミリー・コンフリクトの減少に与える影響を検討したWittmerら(2025)の研究では、EQが仕事のパフォーマンスとリーダーシップの成功にとって重要であるという既存研究の「堅牢な支持」に言及し、EQが個人の成功や心身の健康にも影響を与える可能性を探っています [^9]。 医療分野では、外科医のEQ測定に関するレビューで、EQが燃え尽き症候群、仕事満足度、患者と外科医の関係、教育能力に影響を与える可能性が示されています [^12]。また、医学生のEQと学業成績との間にも有意な関連性が認められています [^10]。これらの結果は、仕事における成功が多岐にわたる指標で測られる中で、EQがその一因となりうることを示唆しています。
研究全体の動向
複数の研究を見ると、情動知能(EQ)が仕事の成功、特にリーダーシップ、仕事の満足度、組織へのコミットメントといった側面において肯定的な影響を与えるという点で概ね整合性が見られます。これらの研究は、ハイテク業界のリーダー、卒業生、一般成人、特定の医療専門職など、多様な対象集団を包含しており、EQの重要性が幅広い職種やキャリア段階にわたって認識されていることがうかがえます。 ただし、キャリア成功を「給与」のような客観的な指標で見た場合、人口統計学的要因やその他のパーソナリティ特性がEQよりも強く関連すると示唆する研究も存在します [^2]。一方で、「職位」のような客観的成功にはEQが貢献するという報告もあり [^3]、成功の定義によってEQの寄与度が異なる可能性も考慮に入れる必要があります。 全体として、EQは、職務遂行能力や専門知識といった従来のスキルセットを補完し、人間関係の構築や感情の調整が求められる場面で特にその価値を発揮すると考えられます。
留意点
EQと仕事の成功の関連性に関する研究は多数存在しますが、いくつかの留保点があります。まず、EQの測定方法には多様性があり [^11]、使用される尺度や評価方法によって結果に違いが生じる可能性があります。また、キャリア成功の定義も研究によって異なり、客観的な指標(給与、昇進)と主観的な指標(仕事の満足度、幸福感)ではEQの寄与度が異なることがあります。 さらに、これらの研究の多くは相関関係を示唆するものであり、EQが高いことが直接的に仕事の成功を引き起こすという因果関係を明確に証明しているわけではありません。他の未測定の要因がEQと成功の両方に影響を与えている可能性も否定できません。地域や文化によるEQの定義や成功の概念の違いも、結果の一般化を考える上で考慮すべき点です。
結論
「EQ(情動知能)は仕事の成功に重要か」という疑問に対し、現時点での学術的なエビデンスは、EQが仕事の成功に肯定的な影響を与える可能性が高いことを示唆しています。特にリーダーシップ、人間関係の構築、仕事の満足度、組織へのコミットメントといった側面において、EQは重要な役割を果たすと考えられます。ただし、キャリア成功の定義や測定方法によっては、EQの寄与度が異なる場合もあり、外的要因や他のパーソナリティ特性も無視できない要素です。EQは、仕事で成功するための唯一の鍵ではありませんが、現代の複雑な職場環境において、その価値が見直されるべき重要な能力の一つと言えるでしょう。
引用元
[^1] Wu, S.-M. (2024). Emotional Intelligence and Workplace Spirituality in Predicting Career Success of High-Tech Leaders. Behavioral Sciences (Basel, Switzerland), 14(11), 1009. DOI: 10.3390/bs14111009 [^2] Urquijo, I., Extremera, N., & Azanza, G. (2019). The Contribution of Emotional Intelligence to Career Success: Beyond Personality Traits. International Journal of Environmental Research and Public Health, 16(23), 4809. DOI: 10.3390/ijerph16234809 [^3] Zhao, Y., & Sang, B. (2023). The role of emotional quotients and adversity quotients in career success. Frontiers in Psychology, 14, 1128773. DOI: 10.3389/fpsyg.2023.1128773 [^4] Thacoor, A., Smith, O., & Nikkhah, D. (2020). The Role of Emotional Intelligence in Predicting a Successful Career for Plastic Surgeons: A Systematic Review. Plastic and Reconstructive Surgery. Global Open, 8(2), e2699. DOI: 10.1097/GOX.0000000000002699 [^5] Stoller, J. K. (2021). Emotional Intelligence: Leadership Essentials for Chest Medicine Professionals. Chest, 159(3), 963–968. DOI: 10.1016/j.chest.2020.09.093 [^6] Zakariasen, K., & Victoroff, K. Z. (2012). Leaders and emotional intelligence: a view from those who follow. Healthcare Management Forum, 25(3), 133–142. DOI: 10.1016/j.hcmf.2012.05.006 [^7] Rao, P. R. (2006). Emotional intelligence: the Sine Qua Non for a clinical leadership toolbox. Journal of Communication Disorders, 39(6), 487–494. DOI: 10.1016/j.jcomdis.2006.02.006 [^8] van Lill, X., Stols, A., Rajab, P., & van Lill, D. (2023). The validity of a general factor of. African Journal of Psychological Assessment, 5(0), 123. DOI: 10.4102/ajopa.v5i0.123 [^9] Wittmer, J. L. S., Cooper, J. T., & Buchanan, C. L. (2025). Coaching to Develop Emotional Intelligence and Decrease Work-Family Conflict: An Application of the Work-Home Resources Model. Psychological Reports, 00332941231183619. DOI: 10.1177/00332941231183619 [^10] Altwijri, S., Alotaibi, A., Alsaeed, M., Aldohayan, S., Alsaad, S., & Almarshed, Y. (2021). Emotional Intelligence and its Association with Academic Success and Performance in Medical Students. Saudi Journal of Medicine & Medical Sciences, 9(1), 58–63. DOI: 10.4103/sjmms.sjmms_375_19 [^11] Bru-Luna, L. M., Martí-Vilar, M., Merino-Soto, C., & Aldás-Manzano, J. (2021). Emotional Intelligence Measures: A Systematic Review. Healthcare (Basel, Switzerland), 9(12), 1696. DOI: 10.3390/healthcare9121696 [^12] Waller, A., & Rickard, M. (2025). Measuring Emotional Intelligence in Surgeons: A Scoping Review. Journal of Surgical Education, 82(2), 103634. DOI: 10.1016/j.jsurg.2025.103634 [^13] Sanchez-Garcia, M., Extremera, N., & Fernandez-Berrocal, P. (2016). The factor structure and psychometric properties of the Spanish version of the Mayer-Salovey-Caruso Emotional Intelligence Test. Psychological Assessment, 28(10), 1361–1370. DOI: 10.1037/pas0000269 [^14] Roberts, R. D., Schulze, R., O’Brien, K., MacCann, C., Reid, J., & Maul, A. (2006). Exploring the validity of the Mayer-Salovey-Caruso Emotional Intelligence Test (MSCEIT) with established emotions measures. Emotion (Washington, D.C.), 6(4), 663–674. DOI: 10.1037/1528-3542.6.4.663 [^15] Curci, A., Lanciano, T., Soleti, E., & D’Urso, G. (2013). Construct validity of the Italian version of the Mayer-Salovey-Caruso Emotional Intelligence Test (MSCEIT) v2.0. Journal of Personality Assessment, 95(4), 415–424. DOI: 10.1080/00223891.2013.778272 [^16] Cardoso, C., Ellenbogen, M. A., & Linnen, A.-M. (2014). The effect of intranasal oxytocin on perceiving and understanding emotion on the Mayer-Salovey-Caruso Emotional Intelligence Test (MSCEIT). Emotion (Washington, D.C.), 14(3), 570–579. DOI: 10.1037/a0034314 [^17] Tong, X., Wang, X., Qin, L., Gao, B., Chen, S., & Li, C. (2022). Vagus nerve stimulation for drug-resistant epilepsy induced by tuberous sclerosis complex. Epilepsy & Behavior : E&B, 126, 108431. DOI: 10.1016/j.yebeh.2021.108431 [^18] Ravikumar, T. (2022). Occupational stress and psychological wellbeing during COVID 19: Mediating role of positive psychological capital. Current Psychology (New Brunswick, N.J.). DOI: 10.1007/s12144-022-02861-1
📊 引用論文の研究デザイン構成(18件)
※ 研究デザインの信頼度グレード:メタ分析≥RCT≥実験研究≥コホート≥横断研究。本記事が実際に引用した論文の構成です。
※ 本記事は査読(ピアレビュー)を経て学術誌に掲載された論文のみを根拠としています。査読前のプレプリント論文は引用対象から除外しています。