その通説って本当?
「子どもはほめれば伸びる」——これは、教員や保護者の間で広く信じられている教育の常識の一つです。しかし、ほめるという行為が常にプラスに働くとは限らない可能性があります。本記事では、「ほめ育て」が子どもの学業意欲、行動、自己認識に与える影響について、科学的なエビデンスをもとに検証します。
通説が広まった背景
「ほめ育て」の考え方は、20世紀後半から広まり始めました。特に、自己肯定感(self-esteem)の育成が子どもの健全な発達に重要であるという心理学的な主張が普及したことで、子どもに対して積極的に称賛を送ることが推奨されるようになりました1。1990年代以降、教育現場では「積極的声かけ」として、褒め言葉を使うことが、学習意欲や社会性の向上につながると考えられるようになり、教師や親の行動指針として定着しました。
検証エビデンス
通説を支持する根拠
称賛は子どもにとって明確なフィードバックであり、肯定的な行動を強化する役割を果たすと考えられています。たとえば、教師が生徒の適切な行動に対して「よくできました」「素晴らしい!」と声をかけることで、その行動が再発しやすくなるという理論があります2。実際、放課後プログラムにおける nurturant(養育的な)な環境づくりにおいて、称賛を含むポジティブな関わりが子どもの社会情緒的発達に寄与するとされる研究もあります3。また、日常の子育て場面でも、ポジティブな行動に注目し、それを認めることが、子どもが「自分は価値ある存在だ」と感じさせるとされています4。
さらに、手のひらを上に向けてハイファイブをしたり、「ナイス」とあいまいに賛辞を表したりする「曖昧なほめ方」であっても、特に失敗後にやる気を持続させる効果があるという報告もあります5。こうした知見から、ほめることは子どものモチベーション向上に有効であると広く受け止められています。
批判・修正する根拠
しかし、ほめ方の「質」によっては、逆に子どもの意欲やパフォーマンスを低下させる可能性があることが、複数の実験研究で示されています。MuellerとDweck(1998)の有名な実験では、小学校5年生の子どもたちに対し、解いた問題について「頭がいいね(intelligence praise)」と「がんばったね(effort praise)」のどちらかでほめました6。その後、より難しい課題に挑戦させたところ、「頭がいい」とほめられた子どもは、「がんばった」とほめられた子どもよりも、失敗後に課題への取り組みをあきらめやすく、再挑戦の意欲が低いことがわかりました。また、自分の能力が低いと感じやすく、全体のパフォーマンスも低下しました。
この結果は、「能力をほめると、子どもは『自分は頭のいい子だから失敗してはいけない』という固定観念を持つようになる」ため、失敗を回避するようになるという解釈がされています6。一方、「努力をほめられた」子どもは、「努力すればできるようになる」という成長志向を形成し、困難に直面しても前向きに取り組む傾向が強まったのです。
そのほか、教員の行動管理としてのほめ言葉について検証した研究では、ほめ言葉の使用が一定の効果を示したものの、その効果はほめ方の内容や文脈に大きく依存することが指摘されています。特に、過度なほめ方や、具体的でないほめ方は逆に信憑性を損ない、効果が低下する可能性があります2。
研究全体の動向
現時点で公表されている査読論文の範囲では、ほめ育てに対する研究は数多く存在しますが、結論は「ほめ方の質に依存する」という点で一致しています。肯定的・否定的両面のエビデンスが共に査読済み研究として積み上がっているため、議論の基盤は確立されています。
Mueller & Dweck(1998)の研究6はその後の研究に大きな影響を与え、自己理論(self-theory)やマインドセットに関する研究フロンティアを切り開きました。また、Leijtenら(2018)のメタ分析では、親が子どもに命令する・叱る・ほめるといった具体的な行動が、子どもの従順性に与える影響を実験的に比較しており、ほめ行為が一貫して正の効果を持たないことも示しています7。
近年のSEL(ソーシャル・アンド・エモーショナル・ラーニング)研究においても、感情の理解や自己管理、共感などのスキルを育てるために、単に「ほめる」のではなく、なぜ良い行動ができたのかを子どもと一緒に振り返る「認知的な関与」が重要だとされています8。この傾向は、「表面的なほめ方」ではなく、「プロセスの価値を共有する」関わり方が、長期的な成長に資するという共通理解が広がっていることを示しています。
留意点
- ほめ方の効果は、子どもの年齢、性格、文化背景、関係性の深さによって変化する可能性がある。一概に「有効」または「無効」とは言えない。
- 「ほめない」ことが良いのではなく、「どのようにほめるか」が鍵である。特に、努力・戦略・継続といった「プロセス」を評価することが重要とされている。
- 実験研究の多くは短期間の課題やシミュレーションに基づいており、日常的な子育てや教育現場で長期的にどの程度の影響があるかは、まだ完全には解明されていない。
- ほめること以外にも、共感的な傾聴、選択肢の提供、自立の促しといった、子どもの自己効力感を育てる関わり方が存在する9。
結論
「ほめて育てると子どもは伸びる」という通説は、一面では正しいものの、条件次第で逆効果になることもあり得ます。研究全体の重心は、「単純にほめる」ことよりも、「どのように、何を、どのくらいほめるか」というほめ方の質に重点がある、という方向に寄っています。特に、能力そのものをほめることよりも、努力や戦略、継続といった過程を認めるほめ方が、子どものモチベーションや耐え抜く力(grit)の育成に優れている可能性が高いです。
したがって、答えは「ほめることは有効な手段の一つだが、その内容と方法によっては逆効果になるため、注意が必要である」——という限定的なものになるでしょう。
引用元
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Sieving, R. E., & Zirbel-Donisch, S. T. (1990). Development and enhancement of self-esteem in children. Journal of Pediatric Health Care, 4(3), 82–88. https://doi.org/10.1016/0891-5245(90)90070-m ↩
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Spilt, J. L., Leflot, G., Onghena, P., et al. (2016). Use of Praise and Reprimands as Critical Ingredients of Teacher Behavior Management: Effects on Children’s Development in the Context of a Teacher-Mediated Classroom Intervention. Prevention Science, 17(8), 970–980. https://doi.org/10.1007/s11121-016-0667-y ↩ ↩2
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Smith, E. P., & Bradshaw, C. P. (2017). Promoting Nurturing Environments in Afterschool Settings. Clinical Child and Family Psychology Review, 20(4), 377–391. https://doi.org/10.1007/s10567-017-0239-0 ↩
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Howard, B. J. (1991). Discipline in early childhood. Pediatric Clinics of North America, 38(6), 1343–1357. https://doi.org/10.1016/s0031-3955(16)38224-4 ↩
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Morris, B. J., & Zentall, S. R. (2014). High fives motivate: the effects of gestural and ambiguous verbal praise on motivation. Frontiers in Psychology, 5, 928. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2014.00928 ↩
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Mueller, C. M., & Dweck, C. S. (1998). Praise for intelligence can undermine children’s motivation and performance. Journal of Personality and Social Psychology, 75(1), 33–47. https://doi.org/10.1037//0022-3514.75.1.33 ↩ ↩2 ↩3
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Leijten, P., Gardner, F., Melendez-Torres, G. J., et al. (2018). Parenting behaviors that shape child compliance: A multilevel meta-analysis. PLOS ONE, 13(10), e0204929. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0204929 ↩
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Cipriano, C., Strambler, M. J., Naples, L. H., et al. (2023). The state of evidence for social and emotional learning: A contemporary meta-analysis of universal school-based SEL interventions. Child Development, 94(5), e427–e454. https://doi.org/10.1111/cdev.13968 ↩
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Belsky, J. (1984). The determinants of parenting: a process model. Child Development, 55(1), 83–96. https://doi.org/10.1111/j.1467-8624.1984.tb00275.x ↩
📊 引用論文の研究デザイン構成(9件)
※ 研究デザインの信頼度グレード:メタ分析≥RCT≥実験研究≥コホート≥横断研究。本記事が実際に引用した論文の構成です。
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