その通説って本当?
「ゲームを長時間プレイすると脳に悪影響が及ぶ」「ゲーム脳は実在する」といった主張は、一般的な認識として広く浸透しています。しかし、これらの主張は科学的にどの程度裏付けられているのでしょうか。本記事では、脳画像研究や行動研究などのエビデンスをもとに、ゲーム脳という概念の科学的根拠を検証します。
通説が広まった背景
「ゲーム脳」という言葉は、2000年代初頭に日本で注目を集めた概念です。当時、テレビゲームやインターネットの普及に伴い、ゲーム依存や脳機能への悪影響が懸念されていました。特に、暴力的なゲームが攻撃性を高めるという議論が活発化し、ゲームプレイが脳の構造や機能に与える影響について関心が高まりました。
この背景には、脳科学の進展とともに、行動と脳機能の関連を可視化する技術(fMRIやEEGなど)が普及したことがあります。一方で、メディアによるセンセーショナルな報道が、科学的な議論を超えて一般社会に広く浸透するきっかけとなった側面もあります。
検証エビデンス
通説を支持する根拠
ゲーム脳の存在を主張する側は、主に以下の根拠を挙げています。
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脳画像研究による構造的・機能的変化の報告 インターネットゲーム依存症(IGD: Internet Gaming Disorder)に関する研究では、脳の報酬系や意思決定に関わる領域(線条体、前頭前皮質など)の活動変化が報告されています12。これらの変化は、物質依存と類似した神経基盤を示唆するものとして解釈されています。
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行動面での問題との関連 ゲーム依存と関連する行動上の問題(攻撃性、衝動性、社会機能の低下など)が報告されており、これらの問題が脳機能の変化と関連している可能性が指摘されています34。
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ICD-11における疾患分類 世界保健機関(WHO)は2018年に、ゲーム依存を「依存行動による障害」(Gaming Disorder)としてICD-11に正式に分類しました。この分類は、ゲーム依存が脳機能に影響を及ぼす可能性を示唆するものとして、ゲーム脳の存在を支持する根拠の一つとされています5。
批判・修正する根拠
1. 脳画像研究の知見
現在までに発表された査読済みの脳画像研究では、インターネットゲーム依存症(IGD)と診断された人々において、脳の報酬系や意思決定に関わる領域の活動変化が複数報告されています。
例えば、Zhangら(2020)の研究では、IGD群とレクリエーショナルゲームユーザー(RGU)群を比較し、IGD群において左背側前帯状皮質(dACC)の活動が亢進していることが示されました1。dACCは情動制御や報酬処理に関与する領域であり、この活動亢進はIGDにおける情動制御の困難さを反映している可能性があります。
また、Liら(2025)のランダム化比較試験では、有酸素運動がIGD患者の脳機能的結合性に与える影響を検討し、運動介入後に機能的結合性の改善が見られたことが報告されています6。これは、IGDに伴う脳機能の変化が可逆的である可能性を示唆しています。
一方で、脳画像研究の多くは横断的なデザインであり、因果関係を明確に示すものではありません。IGDの脳機能変化がゲームプレイの結果なのか、それとも元々の脳機能の違いによるものなのかは、現時点では明確に区別できません。
2. 行動と脳機能の関連
Chenら(2025)の研究では、児童期のトラウマがIGDの若者における攻撃性に与える影響を検討し、脳活動の変化を介して攻撃性が高まる可能性が示唆されました3。この知見は、ゲーム依存と攻撃性の関連を脳機能の観点から裏付けるものです。
しかし、これらの研究はIGDと診断された集団を対象としたものであり、一般的なゲームプレイが脳機能に与える影響を直接示すものではありません。また、攻撃性とゲームプレイの関連については、暴力的なゲームが攻撃性を高めるという主張と、ゲームプレイがストレス解消につながるという主張が混在しており、一致した見解は得られていません4。
3. 疾患分類の意義
WHOによるゲーム依存のICD-11への分類は、ゲーム依存が臨床的に重要な問題であることを示すものです。しかし、この分類が直ちに「ゲーム脳」の存在を科学的に証明するものではありません。ICD-11の分類は、臨床的な有用性や社会的な影響を考慮した上でなされたものであり、脳科学的なメカニズムを直接示すものではありません。
研究全体の動向
現在までに発表された査読済みの研究を概観すると、以下の点が整合的に示されています。
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IGDと脳機能変化の関連 複数の研究で、IGDと診断された人々において、報酬系や意思決定に関わる脳領域の活動変化が報告されています1278。これらの変化は、物質依存と類似したパターンを示すことが多く、IGDが脳の報酬系に影響を与える可能性を示唆しています。
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行動面での問題との関連 IGDと攻撃性、衝動性、社会機能の低下などの問題行動との関連が複数の研究で報告されています349。これらの行動上の問題が、脳機能の変化と関連している可能性が示唆されています。
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介入効果の可能性 有酸素運動やマインドフルネス瞑想などの介入が、IGD患者の脳機能や行動に与える影響についての研究が報告されています6。これらの知見は、IGDに伴う脳機能の変化が可逆的である可能性を示唆しています。
一方で、研究間で対象集団や測定方法が異なるため、結果の一致度にはばらつきがあります。また、多くの研究が横断的なデザインであるため、因果関係を明確に示すことは困難です。
留意点
ゲーム脳という概念を検証するにあたって、以下の点に留意する必要があります。
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因果関係の不確実性 現在までに発表された研究の多くは横断的なデザインであり、ゲームプレイが脳機能に与える影響を直接示すものではありません。IGDに伴う脳機能の変化が、ゲームプレイの結果なのか、それとも元々の脳機能の違いによるものなのかは、現時点では明確に区別できません。
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対象集団の限界 多くの研究は、IGDと診断された集団を対象としたものであり、一般的なゲームプレイが脳機能に与える影響を直接示すものではありません。また、研究対象者の多くは青少年や大学生であり、成人や高齢者における影響については十分に検討されていません。
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測定方法のばらつき 脳画像研究において、使用されるタスクや解析方法が研究間で異なるため、結果の一致度にはばらつきがあります。また、脳機能の変化がIGDの原因なのか、それとも結果なのかを区別することは困難です。
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ゲームの種類やプレイスタイルの多様性 ゲームには多種多様なジャンルやプレイスタイルがあり、そのすべてが脳機能に同じ影響を与えるとは限りません。例えば、アクション系のゲームとパズル系のゲームでは、脳機能への影響が異なる可能性があります。
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社会的・文化的要因の影響 ゲーム依存や脳機能への影響は、社会的・文化的な要因によっても左右される可能性があります。例えば、ゲームに対する社会的な認識や、ゲーム産業の発展状況などが、研究結果に影響を与える可能性があります。
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研究の蓄積不足 ゲーム脳という概念を直接検証した大規模な研究は限定的であり、現時点で公表されている査読論文の範囲では、ゲームプレイが脳機能に与える影響についての包括的な理解にはまだ至っていません。
結論
現時点で発表されている査読済みの研究を総合すると、インターネットゲーム依存症(IGD)と診断された人々において、脳の報酬系や意思決定に関わる領域の活動変化が報告されていることは事実です。また、これらの変化が行動上の問題と関連している可能性も示唆されています。
しかし、これらの知見が直ちに「ゲーム脳」という概念を科学的に証明するものではありません。IGDは、ゲームプレイに伴う依存症状の一つとして捉えられており、その背景には個人の性格特性や環境要因など、複数の要因が関与している可能性があります。
現時点では、一般的なゲームプレイが脳機能に与える影響についての大規模な検証研究は限定的であり、因果関係を明確に示すことは困難です。今後、縦断的な研究や介入研究の蓄積が進むことで、ゲームプレイと脳機能の関係についての理解が深まることが期待されます。
5段階の評価軸では mixed に位置づけたが、IGD(ゲーム障害)事例での脳変化と一般的なゲームプレイの影響を混同した形で「ゲーム脳」が語られることが多く、研究全体の重心は 「やや否定的」寄りにある。依存症的なゲームプレイに特有のリスクは実在するが、一般的なゲームが脳を「壊す」という通説の核心は現時点のエビデンスでは支持されていない。
引用元
引用元
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Zhang J, Dong H, Zhao Z, et al. Altered neural processing of negative stimuli in people with internet gaming disorder: fMRI evidence from the comparison with recreational game users. J Affect Disord. 2020;263:289-297. doi:10.1016/j.jad.2020.01.008 ↩ ↩2 ↩3
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Zhang J, Hu Y, Wang Z, et al. Males are more sensitive to reward and less sensitive to loss than females among people with internet gaming disorder: fMRI evidence from a card-guessing task. BMC Psychiatry. 2019;19(1):385. doi:10.1186/s12888-020-02771-1 ↩ ↩2
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Chen S, Wen H, Zhou Y, et al. Altered brain activity mediates the correlation between childhood trauma and aggression in youths with internet gaming disorder. J Affect Disord. 2025;371:120357. doi:10.1016/j.jad.2025.120357 ↩ ↩2 ↩3
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Ke G, Tan RW, Palmer S. Brain Activity and Aggressive Behavior of Online Gamers. Int J Cyber Behav Psychol Learn. 2022;12(1):1-15. doi:10.4018/ijcbpl.304903 ↩ ↩2 ↩3
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Casile A, Marraudino M, Bonaldo B, et al. Novel rat model of gaming disorder: assessment of social reward and sex differences in behavior and c-Fos brain activity. Psychopharmacology (Berl). 2024;241(5):981-994. doi:10.1007/s00213-024-06576-y ↩
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Li Q, Luo X, Wei M, et al. Effects of progressive aerobic training on neural synchrony and functional connectivity in internet gaming disorder: a randomized controlled fMRI study. BMC Psychiatry. 2025;25(1):112. doi:10.1186/s12888-025-07419-6 ↩ ↩2
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Wang X, Li W, Kang Y, et al. Resting-state functional connectivity alterations in intermet gaming disorder: a fMRI study combining voxel-based morphometry meta-analysis. Brain Res Bull. 2025;221:111588. doi:10.1016/j.brainresbull.2025.111588 ↩
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📊 引用論文の研究デザイン構成(9件)
※ 研究デザインの信頼度グレード:メタ分析≥RCT≥実験研究≥コホート≥横断研究。本記事が実際に引用した論文の構成です。
※ 本記事は査読(ピアレビュー)を経て学術誌に掲載された論文のみを根拠としています。査読前のプレプリント論文は引用対象から除外しています。