その通説って本当?
結婚前にパートナーと同棲してから結婚すると、離婚のリスクが高まるという話はよく聞かれます。果たしてこの通説は、データによって裏付けられるのでしょうか?
通説が広まった背景
同棲というライフスタイルは、20世紀後半から欧米を中心に急速に普及しました。特に米国では、21世紀初頭においても同棲を選択するカップルは増え続けており、米国女性における初の婚前同棲の期間も、1980年代半ばの平均12ヶ月から2000年代後半には平均18ヶ月へと延びていることが報告されています [^3], [^7]。
このような同棲の増加と並行して、離婚率の高さが指摘されたことから、「同棲が結婚の安定性を損なうのではないか」という懸念や、「同棲を経験したカップルは離婚しやすい」という通説、いわゆる「同棲効果(cohabitation effect)」が広まりました。
この通説の背景には、同棲を「結婚への試用期間」と捉える一方で、伝統的な結婚観を持つ人々が「結婚へのコミットメントが低い」「結婚に対する意識が希薄」といった理由で、同棲が離婚を招きやすいと考える側面があると考えられます。
検証エビデンス
通説を支持する根拠
過去の研究の中には、婚前同棲と結婚の不安定性の間に一定の関連性を見出したものも存在します。例えば、1990年代に行われたWu (1995) のカナダの女性と男性を対象とした研究では、結婚前に最初の配偶者と同棲した人々は、そうでない人々と比較して、結婚破綻後に再び同棲する傾向が高いことが示されました [^5]。この結果は、婚前同棲が結婚後の関係の不安定さにつながる可能性を示唆するものとして解釈されることがあります。
また、婚前同棲と結婚の安定性の関連を論じる上で、「選択性の問題」が指摘されることもあります。これは、結婚前の同棲を選択するカップルが、そもそも結婚に対する態度や価値観、社会経済的背景などにおいて、同棲せずに結婚するカップルとは異なる特性を持っている可能性があるという考え方です。たとえば、結婚に慎重な人々や、よりリベラルな価値観を持つ人々が同棲を選ぶ傾向がある場合、こうした特性が離婚リスクと関連している可能性が指摘されることがあります 。
批判・修正する根拠
近年の研究では、婚前同棲と結婚の不安定性の関連性について、過去とは異なる傾向が報告されています。Reinhold (2010) が米国国民家族成長調査のデータを用いて行った分析では、婚前同棲と結婚の不安定性の間に見られた正の相関関係は、より新しい出生コホートや結婚コホートにおいて弱まっていることが示されました [^4]。この結果は、同棲が一般化するにつれて、その持つ意味合いや、それが結婚の安定性に与える影響が変化している可能性を示唆しています。
Impicciatoreら(2012)がイタリアのデータを用いて行った研究でも、婚前同棲と結婚破綻の関連性が観察されたものの、その関係には「選択性」が重要な役割を果たしている可能性が示唆されました [^6]。つまり、同棲を選択する人々の特性が、結果として結婚の安定性に影響を与えている可能性があるということです。
研究全体の動向
婚前同棲が離婚リスクを高めるという初期の研究結果は広く知られていましたが、多くの研究は、同棲自体の効果というよりも、同棲を選択する人々の特性(初婚年齢、教育水準、経済状況、結婚へのコミットメントレベル、結婚への考え方など)が、結婚の安定性に影響を与えている可能性を指摘しています。つまり、同棲が一般化するにつれて、その「選択性の問題」の影響がより強く認識されるようになり、同棲そのものが直接的な離婚原因であるという見方は慎重になっています。
本テーマに関する研究は主に観察研究に基づいており、婚前同棲が直接的に離婚率を高めるという強力な因果関係を示す大規模なランダム化比較試験のような研究は、倫理的・現実的に実施が困難です。そのため、同棲と離婚率の間に見られる相関関係が、他の要因によって説明される可能性を常に考慮する必要があります。
留意点
本テーマに関する研究は主に欧米諸国で行われており、文化や社会制度が異なる地域、例えば日本のような国にこれらの知見を直接的に適用できるかは慎重な検討が必要です。また、同棲の定義や期間、同棲中の関係の質、同棲後の結婚に至る経緯など、詳細な要素を考慮しないと正確な判断は難しいでしょう。研究における「選択性の問題」(同棲を選ぶ人々の特性が結果に影響する可能性)は依然として重要な課題であり、同棲そのものの効果と、同棲を選ぶ人々の属性による効果を厳密に区別することは困難です。さらに、結婚の安定性は年齢、教育、経済状況、個人の性格特性、家族からのサポートなど、多くの要因によって影響される複雑な現象であり、同棲はその一部に過ぎません。
結論
「同棲してから結婚すると離婚しやすい」という通説は、過去の研究で一定の関連性が指摘されていましたが、近年の研究ではその関連性が弱まっている可能性が示唆されています。また、同棲と離婚リスクの間に見られる関連は、同棲そのものの効果というよりも、同棲を選択する人々の特性や背景といった「選択性の問題」によって説明できる部分が大きいと考えられます。
したがって、現時点の学術的なエビデンスの範囲では、一概に「同棲が離婚を招く」と断定することは難しいと言えるでしょう。同棲を選択するかどうかは個々のカップルの状況や価値観によって異なり、それが結婚の安定性にどのような影響を与えるかは、多くの要因の組み合わせによって決まると考えられます。
引用元
[^1] Cherlin, A. J. (2005). American marriage in the early twenty-first century. The Future of Children. DOI: 10.1353/foc.2005.0015 [^2] Impicciatore, R., & Billari, F. C. (2012). Secularization, Union Formation Practices, and Marital Stability: Evidence from Italy. European Journal of Population = Revue Europeenne de Demographie. DOI: 10.1007/s10680-012-9255-4 [^3] Lamidi, E. O., Manning, W. D., & Brown, S. L. (2019). Change in the Stability of First Premarital Cohabitation Among Women in the United States, 1983-2013. Demography. DOI: 10.1007/s13524-019-00765-7 [^4] Reinhold, S. (2010). Reassessing the link between premarital cohabitation and marital instability. Demography. DOI: 10.1353/dem.0.0122 [^5] Wu, Z. (1995). Premarital cohabitation and postmarital cohabiting union formation. Journal of Family Issues. DOI: 10.1177/019251395016002005 [^6] Impicciatore, R., & Billari, F. C. (2012). Secularization, Union Formation Practices, and Marital Stability: Evidence from Italy. European Journal of Population = Revue Europeenne de Demographie. DOI: 10.1007/s10680-012-9255-4 [^7] Lamidi, E. O., Manning, W. D., & Brown, S. L. (2019). Change in the Stability of First Premarital Cohabitation Among Women in the United States, 1983-2013. Demography. DOI: 10.1007/s13524-019-00765-7
📊 引用論文の研究デザイン構成(5件)
※ 研究デザインの信頼度グレード:メタ分析≥RCT≥実験研究≥コホート≥横断研究。本記事が実際に引用した論文の構成です。
※ 本記事は査読(ピアレビュー)を経て学術誌に掲載された論文のみを根拠としています。査読前のプレプリント論文は引用対象から除外しています。