その通説って本当?
結婚している人は、独身の人よりも本当に幸せなのだろうか?社会的な期待やメディアの報道からは、「結婚=幸福」という図式が頻繁に示されるが、その関連性はどの程度信頼できるのか。
通説が広まった背景
「結婚は幸福をもたらす」という考え方は、特に20世紀以降の家庭観や社会政策において広く受け入れられてきた。宗教的・文化的な価値観と結びついたこの通説は、個人の生活の「完成形」として描かれがちで、日本を含む多くの国で「結婚して家庭を持つ」ことが人生のゴールの一つと見なされてきた。また、社会的な支援が核家族に依拠する構造の中で、未婚や離婚は時に「異常」として扱われることもあった。こうした背景から、「結婚すれば幸せになれる」という因果関係が、経験則的に信じられてきた。
検証エビデンス
通説を支持する根拠
多くの研究は、結婚した人々がそうでない人々よりも高い幸福度や生活満足度を報告していると指摘する。たとえば、Sonja Lyubomirskyら(2005)のレビュー論文では、幸福な個人が婚姻関係を築きやすいこととともに、良好な婚姻関係が幸福を維持・増大させる双方向性が示唆されている。同研究は、幸福さと生活の多面的成果(婚姻、友人関係、健康など)の相関関係を縦断的・実験的研究からまとめており、結婚が心理的資源を強化する可能性を提起している1。また、Tyler J VanderWeele(2017)の研究でも、人的繁栄(human flourishing)には「近接した社会的関係」が不可欠な要素として挙げられており、婚姻はその代表性の一形態と見なされている2。さらには、社会的支援のネットワークが心理的健康に寄与するという広範なエビデンスもあり、婚姻がその中心的役割を果たすとの見解が支持される3。
批判・修正する根拠
結婚と幸福度の関連を検証した複数の査読済み研究が存在する。Hui LiuとNing Hsieh(2024)の研究では、米国の高齢者を対象とした縦断的データを用い、COVID-19パンデミック下でも既婚者が独身者に比べて高い幸福度を維持している傾向が示された4。この関連は、非同居の家族・友人との関係の変化を統制しても持続しており、婚姻状態それ自体が幸福度に一定の影響を与える可能性を示唆している。
一方で、幸福度の背景には「質の高い関係性」そのものが重要であるという指摘がある。たとえば、H Leeら(2023)の韓国における多文化家族の研究では、結婚状態にあることよりも、「関係満足度」や「健康状態」が生活満足度に強く影響していることが明らかになった5。また、Shanshan Heら(2022)の中国都市部の産後女性を対象とした調査では、配偶者の支援が感情的幸福に有意な正の予測因子である一方で、婚姻状態そのものよりもその質が重要であると結論づけている6。
さらに、婚姻が必ずしも心理的健康を保証しないケースも報告されている。Unji Anら(2022)の研究では、結婚中の感情抑制が個人の心理的健康に悪影響を及ぼすことが示されており、関係内のプレッシャーや抑圧的なコミュニケーションが、婚姻による恩恵を相殺する可能性が示されている7。また、Gerard A Rileyら(2018)は、認知症の家族を介護する配偶者の研究において、関係に「断絶感」を覚えると、介護者の不安や孤立感が高まることを定量的に示している8。これらの知見は、婚姻という状態よりも、関係の質や相互作用のスタイルの方が、意味のある差異を生む可能性を示している。
研究全体の動向
多数の研究が婚姻と幸福度の間に正の相関を報告しているものの、その効果の強さや一貫性は対象集団や文化的文脈によって変動することが明らかである。たとえば、Md Abdul Hannan Mondalら(2024)のバングラデシュの大学生を対象とした研究では、未婚の学生でも宗教性の高さや社会的支援によって幸福度が促進されることが示されており、婚姻が唯一の幸福要因ではないことを示唆している9。
また、Lynn M Martireら(2022)の研究では、健康の低下時に配偶者だけに依存していると、かえって心理的健康が悪化するリスクがあると指摘されている3。これにより、「配偶者だけが支え」となる関係構造が、逆に負担になる可能性が示され、婚姻関係の排他性が必ずしも好ましくないことも示されている。その一方で、James A Coanら(2006)の神経科学的研究では、電気ショックの脅威下で夫の手を握った既婚女性の脳内の脅威反応が顕著に低下しており、物理的な伴侶の存在が即時の心理的緩衝として機能することを示している10。
全体として、婚姻が幸福度にポジティブな影響を与える傾向はあるが、それは関係の質、文化、個人の状況、支援ネットワークの広がりに大きく依存しており、婚姻「状態」自体が幸福を保証するわけではない。
留意点
現時点で公表されている査読論文の範囲では、本テーマに関する大規模な検証研究は限定的である。多くの研究は横断的データを用いており、因果関係を見極めるには限界がある。つまり、「結婚すると幸せになる」のか、「元々幸せな人が結婚しやすい」のかは、必ずしも明確になっていない。また、研究の大半が既婚者と未婚・離婚・死別の集団を単純比較する構造であり、再婚、事実婚、LGBTQ+カップルといった多様な関係形態に配慮した分析が不足している。文化的背景によっても意味が異なる「幸福」という概念の測定法にもバラつきがあり、比較の難しさがある。さらに、婚姻がもたらす経済的安定や社会的承認という要因を、心理的幸福から明確に分離することは困難である。
結論
結婚している人が幸福度が高い傾向にあるという相関関係は、一部の研究で示されている。しかしその関連は、婚姻という「状態」よりも、関係の質、相互支援の有無、個人の価値観や周囲の社会的ネットワークに左右されることが明らかになってきた。婚姻が幸福を保証するものではなく、むしろ良好な人間関係そのものが核心にあるのかもしれない。結婚が幸福を「上げる」かどうかを一概に答えるのは難しいが、質の高いつながりを持つことの重要性は、データの裏付けがある。
5段階の評価軸では mixed に位置づけたが、婚姻「状態」よりも関係の質や相互サポートが幸福度の主たる規定因であることを示す知見が蓄積されており、研究全体の重心は 「条件付きで支持」寄りにある。「結婚すれば幸せになれる」という単純な因果ではなく、質の高い関係が核心にあるというのが現時点のエビデンスに整合する理解である。
引用元
引用元
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Sonja Lyubomirsky, Laura King, Ed Diener. (2005). The benefits of frequent positive affect: does happiness lead to success? Psychological bulletin. DOI: 10.1037/0033-2909.131.6.803 ↩
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Tyler J VanderWeele. (2017). On the promotion of human flourishing. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. DOI: 10.1073/pnas.1702996114 ↩
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Lynn M Martire, Ruixue Zhaoyang, Christina M Marini et al. (2022). Dyadic Links Between Health Changes and Well-Being: The Role of Non-Spousal Confidants. Journal of social and personal relationships. DOI: 10.1177/02654075221086509 ↩ ↩2
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Hui Liu, Ning Hsieh. (2024). Marital Status and Happiness During the COVID-19 Pandemic. Journal of marriage and the family. DOI: 10.1111/jomf.12956 ↩
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H Lee, H S Kang, J C De Gagne. (2023). Life satisfaction of multicultural married couples: Actor-Partner Interdependence Model analysis. Health care for women international. DOI: 10.1080/07399332.2021.1894151 ↩
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Shanshan He, Fan Yang, Huimin Zhang et al. (2022). Affective well-being of Chinese urban postpartum women: predictive effect of spousal support and maternal role adaptation. Archives of women’s mental health. DOI: 10.1007/s00737-022-01240-w ↩
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Unji An, Haeyoung Gideon Park, Da Eun Han et al. (2022). Emotional Suppression and Psychological Well-Being in Marriage: The Role of Regulatory Focus and Spousal Behavior. International journal of environmental research and public health. DOI: 10.3390/ijerph19020973 ↩
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Gerard A Riley, Laura Evans, Jan R Oyebode. (2018). Relationship continuity and emotional well-being in spouses of people with dementia. Aging & mental health. DOI: 10.1080/13607863.2016.1248896 ↩
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Md Abdul Hannan Mondal, Md Burhan Uddin Zubair, Pramath Chandra Sarker et al. (2024). Moderating effect of gender and marital status in the association between religiosity and happiness among Bangladeshi university students. Acta psychologica. DOI: 10.1016/j.actpsy.2024.104596 ↩
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James A Coan, Hillary S Schaefer, Richard J Davidson. (2006). Lending a hand: social regulation of the neural response to threat. Psychological science. DOI: 10.1111/j.1467-9280.2006.01832.x ↩
📊 引用論文の研究デザイン構成(23件)
※ 研究デザインの信頼度グレード:メタ分析≥RCT≥実験研究≥コホート≥横断研究。本記事が実際に引用した論文の構成です。
※ 本記事は査読(ピアレビュー)を経て学術誌に掲載された論文のみを根拠としています。査読前のプレプリント論文は引用対象から除外しています。