その通説って本当?

「子どもができると夫婦の関係は悪くなる」「子育ては夫婦の幸せを奪う」といった話を耳にすることがあります。実際のところ、子どもの誕生は夫婦の幸福度にどのような影響を与えるのでしょうか。

通説が広まった背景

「子どもができると夫婦の幸福度は下がる」という考え方は、子育ての大変さや時間的制約、経済的負担といった要因が強調されることで広まったと考えられます。特に、子育てとキャリアの両立の難しさや、睡眠不足、家事・育児の負担分担の不均衡が、夫婦関係にストレスを与えるという主張が根強くあります。

検証エビデンス

通説を支持する根拠

子どもの誕生が夫婦の幸福度に悪影響を与えるという主張は、主に以下のような根拠に基づいています。

第一に、子育て期の夫婦関係の変化に関する研究が挙げられます。例えば、子どもの誕生前後で夫婦の関係性を比較した研究では、子どもが生まれた直後から数年間にわたって、夫婦の関係満足度が低下する傾向が報告されています12。この変化は、特に母親の側で顕著であり、育児ストレスや家事・育児の負担増加がその要因とされています。

第二に、睡眠不足や時間的制約が夫婦関係に与える影響が指摘されています。新生児の世話による睡眠不足が、イライラやストレスを増加させ、結果として夫婦間のコミュニケーション不足や衝突の増加につながるという主張です2

第三に、経済的負担やキャリアへの影響も考慮されています。子育てにかかる費用や、仕事と家庭の両立の難しさが、夫婦のストレス要因となるという見方です。

Lawrence, E., Rothman, A. D., & Cobb, R. J. (2008). Marital satisfaction across the transition to parenthood. Journal of Family Psychology, 22(1), 41-47. DOI: 10.1037/0893-3200.22.1.41 Medina, A. M., Lederhos, C. L., & Lillis, T. A. (2009). Sleep disruption and decline in marital satisfaction across the transition to parenthood. Families, Systems, & Health, 27(1), 40-52. DOI: 10.1037/a0015762

批判・修正する根拠

一方で、近年の研究では、子どもの誕生が必ずしも夫婦の幸福度を低下させるとは限らないという知見も報告されています。

2019年に発表された研究では、近年の親になることへの規範的期待の変化や、男女の役割分担の平等化が進んだことで、子どもを持つことが夫婦の生活満足度に与える影響が変化している可能性が指摘されています3。この研究は、子どもを持つことが必ずしもネガティブな影響を与えないと結論づけています。

また、2022年に発表されたメタ分析では、子どもの誕生が夫婦の関係満足度に与える影響について、以下のような点が明らかにされています4

  • 子どもの誕生直後から1年目にかけて、関係満足度は一時的に低下する傾向がある
  • しかし、2年目以降は徐々に回復する傾向が見られる
  • この回復傾向は、カップルが子育てに慣れてくることや、新たなバランスを見つけることと関連している可能性がある

さらに、2020年に発表された研究では、カップル関係の質と乳児期の家庭内言語環境の関連が調査されました。その結果、カップル関係の質が高いほど、乳児への語りかけが増加することが明らかになりました。これは、子どもがいることが必ずしもネガティブな影響を与えるわけではなく、むしろカップル関係の質が子育て環に良い影響を与える可能性を示唆しています5

Preisner, K., Neuberger, F., & Bertogg, A. (2019). Closing the Happiness Gap: The Decline of Gendered Parenthood Norms and the Increase in Parental Life Satisfaction. Gender & Society, 33(5), 703-728. DOI: 10.1177/0891243219869365 Bogdan, I., Turliuc, M. N., & Candel, O. S. (2022). Transition to Parenthood and Marital Satisfaction: A Meta-Analysis. Frontiers in Psychology, 13, 901362. DOI: 10.3389/fpsyg.2022.901362 Fink, E., Browne, W. V., & Kirk, I. (2020). Couple relationship quality and the infant home language environment: Gender-specific findings. Journal of Family Psychology, 34(5), 590-600. DOI: 10.1037/fam0000590

研究全体の動向

これらの研究結果を整理すると、以下のような傾向が見えてきます。

  1. 短期的な影響: 子どもの誕生直後から1年目にかけては、多くのカップルで関係満足度が一時的に低下する傾向があります。これは睡眠不足や育児ストレス、時間的制約などが主な要因と考えられます。

  2. 長期的な影響: 2年目以降になると、多くのカップルで関係満足度が回復する傾向が見られます。これは、カップルが子育てに慣れてくることや、新たな生活リズムを確立することと関連している可能性があります。

  3. 個人差の大きさ: 同じような状況に置かれていても、関係満足度の変化には大きな個人差があります。カップルの関係性の質や、サポート体制、経済的状況などによって、影響の度合いは大きく異なります。

  4. 時代的な変化: 近年の研究では、従来の「子どもを持つと関係が悪化する」という通説に対して、より肯定的な見方が増えています。これは、男女の役割分担の平等化や、子育てに対する社会的支援の充実などが影響している可能性があります。

留意点

ただし、これらの研究結果を解釈する際には、以下の点に留意する必要があります。

第一に、研究の対象となったカップルの属性です。多くの研究は、特定の国や地域、文化的背景を持つカップルを対象としています。そのため、結果の一般化には注意が必要です。例えば、欧米諸国とアジア諸国では、子育てに対する社会的支援体制や文化的価値観が大きく異なるため、同じような影響が見られるとは限りません。

第二に、研究デザインの限界です。多くの研究は、子どもの誕生前後の関係満足度の変化を追跡していますが、それだけでは因果関係を完全に特定することは難しいとされています。例えば、もともと関係が良好なカップルは子どもを持ちやすいという「選択バイアス」の可能性も考慮する必要があります。

第三に、幸福度の測定方法です。多くの研究では、関係満足度をアンケートによって測定していますが、これは主観的な評価に基づくものです。そのため、実際の関係の質や、カップル間のコミュニケーションの実態を正確に反映していない可能性があります。

第四に、研究のサンプルサイズです。一部の研究では、比較的小規模なサンプルを対象としているため、結果の一般化には限界があります。特に、特定の文化的背景や社会経済的地位を持つカップルに限定された研究では、その結果がすべてのカップルに当てはまるとは限りません。

結論

現時点で公表されている査読論文の範囲では、子どもの誕生が夫婦の幸福度に与える影響は一様ではなく、カップルによって大きく異なることが明らかになっています。

短期的には、子どもの誕生が夫婦の関係満足度を一時的に低下させる傾向があることは確かです。しかし、長期的には多くのカップルで関係が回復する傾向が見られ、必ずしもネガティブな影響が続くわけではありません。

また、カップルの関係性の質や、サポート体制、経済的状況などによって、影響の度合いは大きく異なります。そのため、「子どもができると必ず夫婦の幸福度は下がる」という通説は、一面的な見方であると言わざるを得ません。

子育ては確かに大きな変化をもたらしますが、それが必ずしも不幸せにつながるわけではなく、むしろカップルの絆を深めるきっかけとなる場合も少なくありません。重要なのは、カップルがどのようにその変化に対応し、互いにサポートし合うかということでしょう。

5段階の評価軸では mixed に位置づけたが、出産後の幸福度低下は短期的・一時的なケースが多く、回復するカップルが過半数であることを踏まえれば、研究全体の重心は 「やや否定的」寄りにある。「子どもができると必ず幸福度が下がる」という通説の普遍的な形は支持されておらず、サポート体制や関係の質による個人差が非常に大きい。

引用元

引用元

  1. Lawrence, E., Rothman, A. D., & Cobb, R. J. (2008). Marital satisfaction across the transition to parenthood. Journal of Family Psychology, 22(1), 41-47. DOI: 10.1037/0893-3200.22.1.41

  2. Medina, A. M., Lederhos, C. L., & Lillis, T. A. (2009). Sleep disruption and decline in marital satisfaction across the transition to parenthood. Families, Systems, & Health, 27(1), 40-52. DOI: 10.1037/a0015762 2

  3. Preisner, K., Neuberger, F., & Bertogg, A. (2019). Closing the Happiness Gap: The Decline of Gendered Parenthood Norms and the Increase in Parental Life Satisfaction. Gender & Society, 33(5), 703-728. DOI: 10.1177/0891243219869365

  4. Bogdan, I., Turliuc, M. N., & Candel, O. S. (2022). Transition to Parenthood and Marital Satisfaction: A Meta-Analysis. Frontiers in Psychology, 13, 901362. DOI: 10.3389/fpsyg.2022.901362

  5. Fink, E., Browne, W. V., & Kirk, I. (2020). Couple relationship quality and the infant home language environment: Gender-specific findings. Journal of Family Psychology, 34(5), 590-600. DOI: 10.1037/fam0000590

📊 引用論文の研究デザイン構成(5件)

メタ分析・SR 1 その他 4

※ 研究デザインの信頼度グレード:メタ分析≥RCT≥実験研究≥コホート≥横断研究。本記事が実際に引用した論文の構成です。

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